特集 氏子の想い Vol.4

特集 氏子の想い

御柱に乗る、その日のために

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セイコーエプソン株式会社 広丘事業所
小口健二さん(左)
セイコーエプソン株式会社 豊科事業所
原 明さん(右)

 御柱祭は諏訪大社の氏子のお祭りです。諏訪市に本社を構えるセイコーエプソン株式会社は従業員数が一万人を越えており、その中には諏訪出身で御柱祭に熱心な氏子の方も沢山いらっしゃると聞きました。そこで下社と上社への関わりを代表して、小口健二さんと原明さんの2名様を取材いたしました。

<下社 下諏訪三区 前・総梃子長 小口健二さん>

―前回の御柱祭では、どのような役割だったのでしょうか?

■小口 私の出身は下諏訪。10区に分かれているんですが、いちばん大きな3区です。それで秋宮一という御柱の山出しをやるわけです。私は前回、総梃子長という大役を仰せつかりました。

―そもそも梃子(てこ)というのは?

■小口 御柱の方向を定めるために、長さ約2mの梃子棒を使って、かじ取り、方向転換などの仕事をします。柱のすぐ側での作業ですから、足の骨折など相当な危険が伴います。特に前回、秋宮一の柱は大変重く、先端から根本まで太さが同じで、梃子を押しても引いても、なかなか言うことを聞いてくれません。元綱の動きと呼吸を合わせて、御柱をコントロールしました。

 

 

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―写真を拝見すると、御柱に乗って指揮していらっしゃいますね。

■小口 柱まわりの梃子衆に向かって、私が「寄せろ」「止まれ」などと大きな号令をかけて指揮をしました。柱の上に立つと言っても、木は丸いから滑るし、それだけで腿の筋肉を酷使します。まる一日続くわけですから、けっこう大変です。

―外部の人間から見ると、颯爽として格好良く感じます。

■小口 私も当初、やりたいと思ったきっかけは、やはり、そんな感じでした。でも伐採をはじめ、深く関わってみると、御柱祭はやはり神事なんですね。驕ってるような気持ちでやってはいけない。前回、総梃子長としては、「みんなで心をひとつにして、安全に誰一人怪我をしないように」という想いがいちばん強かったですね。

―始めたきっかけについて、もう少しお話しを聞きたいです。

■小口 仕事の関係から、故郷に帰ってきたのは35歳でした。そのとき、同級生が御柱祭で活躍しているのを見て。「ああ、オレもやっぱりあの中に入りたいな」と。それから下っ端の役からいろいろやらせていただき、ようやく40代の遅咲きで、御柱祭の仲間に加わらせていただきました。

―御柱祭の魅力はどんなところでしょうか?

■小口 御柱祭は、単純なプロセスなんだけど、みんなで曳きつけたあとの達成感が凄い。みんな「わぁ~!」って吠えますからね。前々回は、建御柱のときに大雨が降って、ズブ濡れで寒いんですけど、終わった後、また6年後やろうなって声を掛け合いました。氏子の一人として、この感動を伝えていきたいと思います。

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<上社 玉川地区若者会 前・会長 原 明さん>

―御柱祭との関わりからお聞かせ下さい。

■原 私が生まれたのは、茅野市玉川神之原と言いまして、江戸時代まで諏訪大社の神領だった地域です。上社の御柱の山出しでは、八ヶ岳農場のちょっと下から曳き出すんですが、木落しが終わるところまでの多くは玉川地籍を曳行します。ですから、物心ついた幼い頃から、親戚や近所の人と一緒に御柱祭に行きました。ごく自然に御柱に親しんで、めどでこに乗りたいという強烈な思いを持つようになりました。そうして平成4年から祭りのお仲間に加わって、いろいろな係をするようになりました。伐採奉仕の事務局も平成10年からずっと続けています。

―前回の御柱祭では、どのような役割だったのでしょうか?

■原 玉川は豊平地区と合同なんですが、2月の抽籤で前宮四を担当することになりました。私の役回りは玉川地区の若者会の会長でしたから、御柱のめどでこの前に乗り、曳行を仕切って親方と呼ばれました。木落しも川越えもずっと柱の先頭で指揮をとらせていただきました。

―前回、前宮四の柱は、新聞やテレビのメディアにも数多く取りあげられましたね。

■原 柱はいちばん細いのですが「人を見るなら前四」と新聞に書かれるくらい、御柱を曳く氏子の人数が大変多く、祭りとしての賑わいがあったからだと思います。ほかの柱が1,000人から3,000人くらいなのに、前四は多いときで10,000人近くの曳き子がいたのではないかと思います。

―特に印象的だったシーンはございますか?

■原 前四は順番として、いちばん最後の曳行でした。川越しは夜の八時過ぎまでかかりましたが、それでも川から上がったとき3,000人ほどの氏子が残っていたと思います。思わず、あつい感情が込み上げてきました。

 

 

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―若者会の親方としていちばん心がけたのは?

■原 やはり、安全をすべてに優先させることですね。総重量8トンから10トンの御柱を動かすわけで、危険がつきものですから。上社の場合、めどでこって一本500キロくらいあります。それが二本で1トン。人が10人乗って600キロ...みんなピリピリとしています。たとえば、道にカーブがあったら、前を曳く5千人には後ろの様子がわかりません。塀の間に挟まれている人がいるかも知れない。御柱に足を挟まれている人がいるかも知れない。もし仲間の命が危なかったら、すぐに大声を出して御柱を止めなさい、と若い人に強く指導しました。けが人を出したくないとの思いからです。

―原さんのお話には、御柱がすごく好きだという情熱を感じます。

■原 先祖代々、諏訪大社と縁が深い神之原という地区に生まれた以上、私もその役割を引き継いで、若い人へ、様々な技術の継承と奉仕を教えていきたいと思っています。

(平成27年7月取材)

 

<セイコーエプソン 富士見神社の小宮祭>

 同社の富士見事業所の敷地内には、セイコーエプソン富士見神社が祀られています。そして諏訪大社の御柱祭と同じ年の夏、小宮祭が執り行われています。前回は、従業員の有志が主導して、富士見神社御柱奉仕会を結成。御柱の伐採から、曳行、木落とし、建御柱まで、約1,200名が参加して盛大に行われました。

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